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2006/10/29

無名

友人に薦められて、沢木耕太郎さんの「無名」(幻冬舎文庫)という本を読みました。

これは、沢木さんが父親を看取る過程を綴った、ノンフィクション小説です。
父親の入院、病院に泊り込んでの看病、やがて在宅看護に移り、自宅で迎えた死。
そしてそれらと平行して、沢木さんの記憶に残る、在りし日の父親の姿が描かれています。

友人は、父親を見送る沢木さんに、1年前にやはり父親を亡くした旦那さんの姿を重ねたそうです。
私は、3年前、祖父を見送った時のことを思いました。

私の祖父が亡くなったのも、沢木さんの父親と同じ、89歳の時でした。
そして、沢木さんが父親の供養にと、俳句を趣味にしていた父親の句集を製作するところでは、完全に自分と沢木さんが重なってしまいました。

実は、私も、祖父の写真集を作ったことがあるのです。
ただ、私の場合は、他界後ではなく生前、祖父の米寿(88歳)のお祝いにその写真集を作ったのでした。

祖父が米寿を迎える前年、私は24歳、まだ娘も授かっていない頃でした。
何か祖父に、祖父の人生の軌跡を辿ったものを…と考えた私は、祖父の思い出アルバムのような物を作ろうと考えました。沢木さんのように、「俳句の小冊子でも作りませんか」なんて祖父に確認するようなことはせず、「内緒で作って、驚かせるんだ」とひとりウキウキしていたのを覚えています。
よくよく考えれば、古い写真を集めるには、祖父と同居している従兄弟たちに納戸の中を這い回って貰わなければならないのだし、そのためには祖父の了解がいるに決まっていて、「内緒」なんて最初っから無理なのにも関わらず、私はこの思いつきに何の疑問も抱いていませんでした。だから、写真を選ぶ時にも、祖父に「どの写真がお気に入りか」なんて尋ねることもせず、私の気に入った写りのものをバンバン採用してしまいました。

思えば、24にもなるのに、私の心は、祖父に「これ作ったよーー見てーー!」と夏休みの宿題を見せていた8歳の頃と大差なかったようです。今になれば当時の自分の幼稚さに頭が痛くなりますが、そのときの私は、「私のやることを、おじいちゃんが褒めてくれないはずはない」と自信満々だったのでした。

そうそう、ひとつだけ、祖父に相談したことがありました。それは、その写真集のタイトル。従兄弟たちや妹と色々案を出し合ったものの、結局しっくりくるものがなかったため、「じゃあ、おじいちゃんの座右の銘をそのままタイトルにしよう」とまたまた私が独断で決定。そう思いついた次の瞬間には、もう祖父に電話をしていました。
突然電話してきて座右の銘を聞いてくる孫に、祖父は面食らった様子でしたが、照れながらもこう話してくれました。

「僕が一番大切にしてきたのは『親切』ということかな。戦争の時も、そのあとも、親切の心でやってきましたよ。」

「親切」か。うん、おじいちゃんにぴったり。私は表紙に、祖父の名前とその座右の銘をそのまま載せることにしました。

そうして、私の独裁体制で写真集は完成。写真屋さんで製本してもらったそれは、オレンジ色の表紙に、例のタイトルと祖父母の結婚写真が大きく載った、可愛らしいものでした。
祖父が米寿を迎える日、私は意気揚々とその写真集を祖父に贈りました。

数日後、祖父から電話がかかってきました。「ありがとう、嬉しかった」という祖父に、「そうでしょ、頑張ったでしょ、ね、おじいちゃん」と相変らず精神年齢8歳で受け応えていた私でしたが、そのとき、驚くことが起こりました。

祖父が、電話口で声を詰まらせ、泣いていたのです。

「本当に…。**(私の名前)にはなんて言ったらいいか…。やっぱり、**だなと…。もう君は何の心配も要らない…。本当に立派に育ってくれた。」

私は絶句してしまいました。いつも温厚で、頼れて、冷静で、穏やかな祖父が泣くのを、私は一度も見たことがなかったのです。今思えば、あんな自分勝手な贈りもの、誰だって苦笑のはず。でも、きっと祖父は、私の祖父を思う気持ちを察してくれたのだと思います。涙にはビックリしたけれど、私はとてもとても嬉しかった。そして、次の瞬間には、「よっしゃ、じゃあ卒寿(90歳)のお祝いは、祖父の自分史を自費出版だ!」と早くも熱くなっていました。

でも、その1年後、祖父は末期がんと診断され、卒寿のお祝いを待たずに天国へ行ってしまいました。私の自費出版のアイディアも、思いつきのまま眠ってしまいました。

そして、私があの写真集と”再会”したのは、祖父の葬儀の日のことでした。骨だけになった祖父を抱えて、祖父の家に帰り、仏壇を開くと、そこにあのオレンジ色の表紙があったのです。「入院する前に、おじいちゃんが自分でここに飾っていったのよ」と涙を流す母の横でその写真集を開くと、中には贈った時に私が書いた手紙が、きれいに折りたたまれて挟まっていました。

「おじいちゃんは、いつまでも、私たちの憧れ、目標でいてください。」

今度は、私が号泣する番でした。

沢木さんの「無名」の感想からはずいぶんとずれてしまいました。でも、今確かに思うことは、この世に決して「無名」の人生はないのだということです。自分の大切な人が、「無名」であるということはありえないのです。沢木さんの父親と同様、私の祖父もまた、欲もなく、世間的には無名のまま生涯を閉じた人でした。けれど、「板倉正雄」という祖父の名は、私の心からも、そしてあの写真集の表紙からも、絶対に消えない4文字です。

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コメント

asaponさん、こんばんは♪
asaponさんの、おじいさまを思う気持ちがとても伝わってきて感動しました。asaponさんのおじいさまはもちろん、asaponさんにすらお会いしたことがない私ですが、asaponさんが写真集を作るために一生懸命な姿や、おじいさまが感涙されている姿が目に浮かぶようでした。おじいさまはasaponさんがご自慢のお孫さんだったんでしょうね。天国でasaponさんやお子様たちを優しく見守っていらっしゃることでしょう。
私は祖父に何をしてあげたのかな?と考えると何も出てこないのです。俳句をしていたので、句集は母が米寿のお祝いに自費出版(ちなみに、タイトルは祖父の座右の銘の「絆」でした)してお祝いに集まってくれた親戚に配っていました。私がしたことといえば時々泊り込んで料理して一緒にご飯を食べたことくらいかな。もっといろいろしてあげたかったのに…。祖父が亡くなって2年半。未だに何かあるたびに「おじいちゃんだったら何て言うかな?」と思う私です。「自分の大切な人が無名であることはあり得ない」本当にその通りだと思います。

投稿: yoshiko | 2006/10/29 23:16

>yoshikoさん
こんばんは♪やたらダラダラと思い出を語ってしまった記事なのに、温かいコメントをいただけて、とても嬉しいです(^^)
そして、yoshikoさんのおじいさまの句集!「絆」と言うタイトルだったのですね。わ~、私も読んでみたいです。そして、そんなyoshikoさんなら、堂々とこの「無名」という本をオススメできます。ちょっと思いつきで文章書いてる?(ノンフィクションだから?)と思われる節もあるけれど、いろいろなことを考えさせられる、いい小説でした。
私も、ロクな孫じゃなかったですよ。。。もっとこうしてあげたかったという思いが今でも山ほどあります。
>未だに何かあるたびに「おじいちゃんだったら何て言うかな?」
>と思う私です
↑このyoshikoさんの言葉、すごく共感します。お互い、素敵な祖父を持てたことが誇らしいですね(^^)天国からの視線を感じながら、これからも頑張りましょうね☆

投稿: asapon | 2006/10/30 19:20

asaponはおじいさんと沢山の思い出をもっているんだね。
あまりの行動力に驚きもしたけれど…(^^;
しかも自分の思いを相手に受け止めてもらえていたのは、
とても素晴らしいことだと思う。
逆にasaponの行為がおじいさんの人生を
素晴らしいものだと証明したとも言えるよね。

私がこの本を読んだ時の感想は「どうしよう」。
だからコメントしづらい。
未だにうまく整理がつかない、それでいて思い出深い本です。

投稿: ETXE | 2006/11/07 00:48

>ETXEさん
コメントありがとう!っていうか、このようなところに足を運んでもらってかたじけないわ(汗)
「どうしよう」っていう感想、わかるかも。私は読み初めがそんな感じだったな。
そして、「自分の思いを相手に受け止めてもらえた」って、”なるほど!そういうことだったのか!”と自分のことなのに驚いちゃったわ。現実には人の気持ちなんて、なかなか伝わらないしわからないもんね。。。他人でも家族でもさ。祖父が私にとっていかに大切な人だったか、ETXEのコメントを読んで再認識したよ(^^)
ETXEのおばあちゃまはお元気かな??この間、人のうちの庭に柿がなってるのを見て、旦那が「ETXEんちに遊びに行きたいな」だって(笑)また実家に帰るときがあったら、私にも連絡ちょうだい(^^)

投稿: asapon | 2006/11/07 10:03

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