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2011/10/01

「あなたがピアノを続けるべき11の理由」(ヤマハミュージックメディアコーポレーション)

「あなたがピアノを続けるべき11の理由」(ヤマハミュージックメディアコーポレーション)

ピアニスト、落語家、哲学者・・・。
ピアノという楽器に長く関わってこられた11人の方々に訊いた、「ピアノを続けるべき理由」。
そのインタビューの内容をまとめたのがこの本です。

とても簡単に読めてしまう1冊だけど、いいことがいっぱい書いてありました(*゚ー゚*)
例えば、ピアニストの黒田亜樹さんのこの言葉。

「将来学者にならないのなら、本を読むのは無駄だからやめなさい」と言う人はいません。誰でも豊かな人間になろうと思えば読書します。音楽もそれと同じです。自分を高めたい、そして文化を担いたいという一心で、みなピアノを習っているのです。

“ピアノを習うことと、本を読むことは、同じ感覚”という黒田さんの言葉は、私にはとても新鮮に感じられました。確かに、ホントにそうだ。そもそも、ピアノを弾くって、私が思うよりもっと自然なことなのかもしれない。

・・・そこでふと、私は、22年前に自分が「ピアノをやめた理由」を思い出しました。
(以下は無駄に長いので、興味のある方だけどうぞ)

私の妹は、ピアノの練習が嫌で嫌で仕方がないタイプで、ある日とうとう母と大喧嘩をし、小3でピアノを習うのをやめました。ある意味「王道のやめ方」だったと思います。
一方、私は、ピアノの練習が苦になったことはなく、むしろ新しい曲を弾けるようになることやソルフェージュで正しく聴音できることが面白くて仕方がありませんでした。とは言っても、街の小さな個人教室に通っていたこともあり、コンクールなどを通して上を目指す、という知識や才能はなくて、穏やかな愛着を持ってピアノに接していました。

しかし、中学生になる直前に、母から「もう勉強が忙しくなるから、ピアノはやめなさい。」と言われた私は、なんの疑問も持たずにピアノをやめてしまいました。
「もう充分習ったわよ」と言われたら、なんとなくそんな気もしたし、そもそも中学校生活というものが全く想像できなかったため、すんなり母の言葉に従ってしまったのだと思います。

しかし、ほどなくして私は、「ピアノを習わなくなった私」がどういう姿なのかを思い知ることになりました。

当時私が住んでいた地域では、ピアノはそうメジャーな習い事ではなかったので、そこそこピアノを弾けることは私の自慢でした。合唱の伴奏もよく引き受けたし、楽譜が読めるから音楽会では必ず難しい楽器を割り振られました。
フルート(これも中学進学時に終了)も少し吹けたし、歌も大好きだったから、自分としては、「私は音楽が得意」という意識でいました。

でも、一旦やめてしまえば、当然のことながら、続けている友人たちとの実力の差は開く一方。音楽で進路を考えるような友人だっている。
ピアノをやめた私は、もう、「ピアノが弾けない私」「音楽が得意ではない私」だったのです。4歳から細々と続けていたピアノという習い事が、実は私のアイデンティティと強く結びついていたという事実に、母は気付きませんでした。私の小さなプライドは、砂のようにサラサラと私の手からこぼれおちました。

本当は、もう一度ピアノを習いたかった。本当は、ピアノが弾ける自分に戻りたかった。でも私がその思いを実現することはありませんでした。

母は、私が「余計なこと」をするのを強く嫌いました。余計なこと、というのは、ゲームやテレビ、漫画といった類のものだけではなく、部活も、習い事も、友だちと出かけることも、オシャレをするといったこともすべて、「余計」の方に分類されていました。
妹の方は、わりと自由に育てられていましたが、私に対しては、「そんなことはしなくていい」「大学に入ったら自由にしていい」と常に頑なだった母。
が、そんな母に対して、私がそう素直に勉強ばかりする(&できる)わけもなく、今思い出しても自分の反抗期はヤバかった・・・そして長かった( ̄◆ ̄;)
私の反抗は、主に、「何もやらない」という方向にエネルギーが使われたように思います。母の考えるようには、決して「やらない」。それが、「今更またピアノを習ったって、どうせもうみんなみたいに上手にはなれないし」とかいういじけた気持ちにつながっていった部分もあり、いつの間にか私はピアノを完全に諦めてしまいました。

で、22年経って私のところに帰ってきた、ピアノという習い事。
ピアノを習うのは読書と同じ、という言葉を読んで、なんと言うか胸がスッしました。得意か得意じゃないかとか、できるかできないかとか、もうどうでもいいや。というか、もともとどうでも良かったんだ。今度こそ楽しみます(すでに楽しんでます)。

そして、この自分語りで思い出すのは、息子から野球を取り上げてしまった2年前のこと。あのときのことは、息子がグラウンドに復帰した今でも、ずっとずっと私の心に刺さり続けている棘です。
自分の丸坊主の頭をなでながら、「ピッチング革命 あなたの球が必ず20キロ速くなる」とか言う本を熟読している息子。バレエの発表会の衣装合わせを前に、「今年はどんな衣装だろ~?何色だろ~?」と毎日ルンルンな娘。子ども時代に“余計なこと”なんてあるはずないじゃん。大切なのは、「好き」という気持ち。子どもたちの「好き」をたくさん育ててあげるんだ、それが私の使命なんだと、改めて心に誓う私です。

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コメント

asaponさん、こんにちは♪
なるほど~と思いながら読ませていただきました!確かに読書と同じかも!楽しい!
私は小学1年から大学卒業まで習っていたといっても、好きだったのは確かですが、他に習い事もなかった(塾に行ってまで勉強したくなかった(^_^;)ので暇だったということもあって、どちらかというと辞める理由がなかったんですよね~。大学に入って、自分の意志でグレードを受験するまで自分がどれくらい弾けるのかよくわからなかったし…。今リトミックに行ってて、ついていくのが大変な状況になっていても(^_^;辞めないのはやっぱり好きだからなんだろうなぁって思います。

好きなことがあるって素晴らしい!「好き」を育てるasaponさんは素敵なお母さんだなぁ!

投稿: yoshiko | 2011/10/05 10:31

>yoshikoさん
コメントありがとうございます!(^o^)
yoshikoさんは呼吸をするようにピアノを続けてこられたのですね自然体で、まさに理想的な続け方だわ(〃∇〃)
私は、楽しむことより、出来るようになることを重視しがちな性格なのかもしれませんdowndowndownすぐ人と比べてしまうし…。
出来るから好き、なのではなく、好きだから出来るようになる…こっちが本物なのに。。。
好きだから再開したピアノ、今回はいじけず頑張りますっpunchshine
子どもたちを見ていると、いつも我が身を反省します\(__)子どもたちの「好き」の芽を見逃さないようにしなくちゃ!
yoshikoさんもリトミック、努力なさってるんですねupupまたyoshikoさんの記事、楽しみにしてますnote

投稿: asapon | 2011/10/05 21:47

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